うがいのエビデンス
2020.09.01
先日、大阪府の吉村洋文知事が会見で、「嘘みたいな本当の話」と前置きした上で、ポビドンヨードを使ったうがい薬(「イソジン」など)について、「うがい薬を使ってうがいをすることによって、コロナの患者さん、コロナの陽性者が減っていく」と紹介し、話題になったことはみなさんご存知だと思います。
その後、ドラッグストアでうがい薬が売り切れたり、多くの専門家からエビデンスの不足を指摘する声があがったりと、大きな反響があり、翌日の定例会見で吉村知事自身が改めて「ポビドンヨードを使ったうがい薬でコロナを予防できるわけではありません」と、新型コロナウイルス感染症への予防効果が立証されているわけではないことを説明する事態となりました。
では、吉村知事が紹介した研究とはどういう内容だったのでしょうか? そして、そもそも「うがい」の感染症に対する予防効果は認められているのでしょうか?
「ポビドンヨード配合薬でうがい」研究の内容は?
まず、吉村知事が紹介した研究の内容は次のようなものでした。
大阪府の宿泊療養施設で療養中の患者さん(軽症または無症状の人)41名を、ポビドンヨードが含まれたうがい薬で1日4回うがいをするグループと、うがいをしないグループの2つに分けて比較したところ、うがい薬でうがいをしたグループのほうが、唾液によるPCR検査での陽性率が減った、というもの。
具体的には、毎日、唾液によるPCR検査を実施したところ、4日目には「そのほかの患者さん(=うがいをしなかった患者さん)」の陽性率は40.0%だったのに対し、「うがい薬でうがいをした患者さん」の陽性率は9.5%になったそうです。
他人への感染、重症化を減らす?
この結果だけを聞くと、「うがい薬を使ってうがいをすれば、ウイルスがなくなるの?」「感染予防になるの?」と思ってしまう人もいるかもしれません。
でも、今回の研究は41人と対象人数も少なく、また、「うがい薬を使ってうがいをするグループ」と「うがいをしないグループ」を比べるものであって、うがい薬の効果なのか、うがいの効果なのかは不明です。
さらに、記者会見に同席していた大阪はびきの医療センターの松山晃文医師は、「今回は唾液のなかだけを見ています。COVID-19(新型コロナウイルス)は鼻やのどの奥でも増えます。これで治すことはできません」と明言した上で、「口のなかのウイルスが減ることによって、人にうつすことが減る、肺炎を起こすなど重症化が減る」ことを検証するもの、と説明しています。
加えて、「陰性になった患者さんのなかにも、数十分後くらいにぽんと陽性になる患者さんもいて、唾液のなかのウイルスは殺せるけれど、鼻のなかにあるウイルスが垂れてきて、また陽性になることもある」ことも説明されていました。
うがいのエビデンスはある
一方、この研究結果に対して、うがい薬を使えば口の中のウイルスが減るのは当然であり、むしろ、「口の中にいる細菌を根こそぎ絶やしてしまい、かえって防御力が落ちてしまう可能性もあるのではないか」という指摘も、専門家の間で出ています。
というのは、ポビドンヨードを使ったうがい薬については、ある有名な論文があるのです。
2005年に「American Journal of Preventive Medicine」という医学雑誌に掲載された、京都大学の川村孝先生らの研究です。
この研究では、387人の男女を、①ポビドンヨードのうがい薬でうがいをする、②水でうがいをする、③うがいをしない——という3つのグループに分けて60日間観察を行いました。その結果、うがいをしなかったグループに比べて、水でうがいをしたグループは風邪にかかる割合が36%減ったものの、ポビドンヨードでうがいをしたグループでは明らかな効果は見られなかったのです。
なぜ、水だけでうがいをしたほうが、予防効果があるのでしょうか。
その理由について、論文では、口の中の常在菌をポビドンヨードが殺してしまったために、病原体の侵入を防げなくなったのではないか、と考察しています。
つまり、ウイルスを殺せばいいという単純なものではない、ということですね。
ですから、風邪に対するうがいの予防効果は証明されていますが、ポビドンヨードを使ったうがい薬が本当に新型コロナウイルス感染症対策になるのかは、もう少し検証が必要なようです。